パウル・クレー
パウル・クレー (Paul Klee, 1879年12月18日 - 1940年6月29日) はスイス生まれのドイツ系画家。表現主義、キュビスム、シュルレアリスムなど20世紀初頭の前衛運動に関わり、特にバウハウスでの教育活動と独自の色彩・線の理論で知られる。
ベルン近郊ミュンヘンブーフゼーに生まれ、ミュンヘンで美術を学んだ後、1911年に青騎士 (Der Blaue Reiter) のメンバーであるカンディンスキーやマルクと交流を持った。1914年のチュニジア旅行を契機に色彩への確信を深め、1921年から1931年までバウハウス (ヴァイマル、デッサウ) で教鞭をとり、その後デュッセルドルフ美術アカデミー教授を務めたが、1933年ナチスにより「退廃芸術」と烙印を押されスイスへ亡命した。
代表作:
- 《セネシオ (Senecio)》 (1922年, バーゼル美術館)
- 《赤い気球 (Red Balloon)》 (1922年, ソロモン・R・グッゲンハイム美術館)
- 《魚の魔術 (Fish Magic)》 (1925年, フィラデルフィア美術館)
- 《ツィッター・マシン (Twittering Machine)》 (1922年, ニューヨーク近代美術館 (MoMA))
- 《天才の幽霊 (Gespenst eines Genies / Ghost of a Genius)》 (1922年, スコットランド国立近代美術館)
クレーは『教育的スケッチブック (Pädagogisches Skizzenbuch)』をはじめとする著作と授業ノートにより、造形理論の体系化に大きく貢献した。詩的で象徴的な小品群はシュルレアリスムや戦後の抽象表現主義に影響を与え、現在も20世紀美術における最重要画家の一人として評価されている。
画像出典: Wikimedia Commons. "File:Paul Klee - Gespenst eines Genies (Ghost of a Genius) - Google Art Project.jpg". License: Public domain. zQFKImEn_NtDnQ at Google Cultural Institute maximum zoom level (https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3APaul%20Klee%20-%20Gespenst%20eines%20Genies%20%28Ghost%20of%20a%20Genius%29%20-%20Google%20Art%20Project.jpg)
主要参照先: MoMA 作家ページ (https://www.moma.org/artists/3130) / Tate 作家ページ (https://www.tate.org.uk/art/artists/paul-klee-1418)
出典: https://www.moma.org/artists/3130