現代アート検定 専門家 教科書
01. ART-E-051
- ナイジェリア出身のAIアーティスト、ミナ・ペナ=テオラ(Minne Atairu)を含む若手作家らがAI生成画像を用いて取り組むテーマとして特に注目されているのは次のうちどれか。 → 失われたアフリカ美術や奪われた文化遺産の再構築・再想像
アフリカ系のAIアーティストたちは、植民地時代に失われた、あるいは略奪された文化的イメージや人物像をAI画像生成で「再構築」する試みで知られる。Atairuのプロジェクト『Blonde Braids Studies』など、機械学習モデルの偏りを批評的に用いつつ、不在のアーカイブを補完する実践が注目されている。
02. ART-E-052
- 2018年にクリスティーズで約43万2,500ドルで落札され、AI生成アートとして初めて主要オークションハウスで販売された『Edmond de Belamy』を制作したフランスのコレクティヴの名称はどれか。 → Obvious
パリを拠点とするコレクティヴ「Obvious」が、GAN(敵対的生成ネットワーク)を用いて制作した『Edmond de Belamy』は、2018年10月のクリスティーズで予想価格を大幅に上回る価格で落札され話題となった。ただし、使用されたコードの多くが研究者ロビー・バラットのオープンソース実装に基づく点をめぐり、AIアートにおける作者性の議論を引き起こした。
03. アースワーク・ランドアート
- ロバート・スミッソンの《Spiral Jetty》(1970)が築かれたグレートソルト湖の場所として正しいものはどれか。 → 湖北東岸のローゼル・ポイント
《Spiral Jetty》はユタ州グレートソルト湖北東岸のRozel Point(ローゼル・ポイント)に、玄武岩・泥・塩の結晶で築かれた全長約460m、幅約4.6mの螺旋状の突堤である。赤い藻による湖水の色や、近隣の廃油井跡など、エントロピーをめぐるスミッソンの思考と結びついた立地として知られる。完成後すぐに水位上昇で水没し、近年は乾燥で再び姿を現す。 - クリストとジャンヌ=クロードによるベルリンのライヒスターク(旧帝国議会議事堂)梱包プロジェクト《Wrapped Reichstag》が実現した年として正しいものはどれか。 → 1995年
《Wrapped Reichstag, Berlin, 1971–95》は1995年6〜7月の14日間にわたり実施された。約10万㎡の銀色のポリプロピレン布と15kmの青いロープで議事堂全体を包む案は1971年に着想され、24年に及ぶドイツ連邦議会等での説得を経て、1994年の議会採決で承認された。改修前の建物を対象とした最後の介入でもあった。 - ウォルター・デ・マリアの《The Lightning Field》(1977)に関する記述として正しいものはどれか。 → ニューメキシコ州西部の高原に1マイル×1キロメートルの矩形格子で400本のステンレス棒を配した作品である
《The Lightning Field》はディア芸術財団の支援によりニューメキシコ州西部のクエマド近郊に恒久設置された作品で、1マイル(約1.6km)×1キロメートルの矩形に、平均高さ約6.27mの先端を尖らせたステンレス棒400本を220フィート間隔の格子状に配する。棒の先端高さが揃うよう地形に応じて長さが個別調整されている点も特徴で、観賞は予約制の1泊滞在を原則とする。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → ライトニング・フィールド
正解は ウォルター・デ・マリア の「ライトニング・フィールド」(1977年)です。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → 梱包されたライヒスターク
正解は クリストとジャンヌ=クロード の「梱包されたライヒスターク」(1995年)です。
04. アルテ・ポーヴェラ
- ヤニス・クネリスが1969年にローマのガレリア・ラッティコ(L'Attico)で発表した、ギャラリー空間に12頭の生きた馬を繋いで見せたインスタレーション作品の通称として正しいものはどれか。 → Untitled (12 Horses)
クネリスは1969年1月、ファビオ・サルジェンティーニ主宰のガレリア・ラッティコ(ローマ、ガリバルディ通りのガレージ空間)で生きた馬12頭を会場に繋ぐ作品を発表し、通称《Untitled (12 Horses)》(伊: Senza titolo - 12 cavalli)として知られる。動植物や火、コーヒーといった「活きた素材」を導入する彼の方法は、ジェルマーノ・チェラントが1967年に提唱したアルテ・ポーヴェラの代表例とされる。同作は2015年ガヴィン・ブラウン画廊などで再演された。 - マリオ・メルツが1968年以降展開した「イグルー」シリーズに関する記述として、最も適切なものはどれか。 → 金属フレームに粘土、ガラス、枝などを貼り付け、ネオン管でフィボナッチ数列を示すこともあった
メルツのイグルーは金属の半球フレームに土・蝋・ガラス・小枝・新聞紙など雑多な素材を覆い、しばしばネオン管によるフィボナッチ数列を組み合わせた。原初の住居の形態を通じ、自然の成長法則と人間の居住性を結びつける試みであり、屋内外を問わず展示された。素材の貧しさと宇宙的秩序の対比がアルテ・ポーヴェラの核心を示す。 - ピノ・パスカリが1966年にローマのタルタルーガ画廊などで発表した、白く塗ったキャンバスを木枠に張った立体作品群の通称はどれか。 → 「Finte sculture(偽の彫刻)」シリーズ
パスカリは1966年頃、キャンバスを変形させた木枠に張って白く塗り、彫刻のように見せる作品群を発表しこれを「Finte sculture(偽の彫刻)」と呼んだ。絵画と彫刻の境界を撹乱し、表象自体を玩具のように扱う姿勢はアルテ・ポーヴェラに先駆ける重要な試みだった。彼は1968年、32歳でバイク事故により早世している。
05. インスタレーション・没入型
- 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → クラウド・ゲート
正解は アニッシュ・カプーア の「クラウド・ゲート」(2006年)です。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → ボーダレス
正解は チームラボ の「ボーダレス」(2018年)です。
06. コンセプチュアル
- ジョセフ・コスースの《One and Three Chairs(一つと三つの椅子)》(1965)に関する記述として正しいものはどれか。 → 椅子の写真は実物大で、辞書定義のパネルには「chair」の定義が拡大コピーされている
《One and Three Chairs》は実物の折りたたみ椅子、その実物大の写真、辞書の「chair」項目を拡大コピーした言語パネルの三要素から成る。コスースはこれにより、対象・像・言語という指示形態の差異を提示し、後の論考「Art after Philosophy」(1969)へとつながる概念主義の代表作となった。MoMA が版を所蔵している。 - ローレンス・ワイナーが1968年に定式化した「Statements」に付されたいわゆる「意図の宣言(Declaration of Intent)」の3項目に含まれないものはどれか。 → 作品は美術館によってのみ制作されうる
1968年の「Declaration of Intent」は「1. 作家が作品を制作してもよい 2. 作品は制作されてもよい(他者によって) 3. 作品は制作される必要はない」の3項目から成り、いずれも作家と等価であるとされた。これによりワイナーの言語作品は、壁面に転写されるテキストとして展示されつつも、その物質化は作品成立の必須条件ではないことが明示された。 - オノ・ヨーコが1964年に東京・南画廊で自費出版した、インストラクション作品を集成した代表的な書物のタイトルはどれか。 → Grapefruit
『Grapefruit』は1964年7月、オノ・ヨーコ自身のWunternaum Pressから500部限定で刊行されたインストラクション作品集である。Painting、Event、Poetry、Object、Filmなどの章立てで短い指示文(instruction)が並び、観者の想像力で作品が完成する構造をとる。『Acorn』は2013年に出版された続編、『A Box of Smile』はオブジェ作品の名称。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → ウィッシュ・ツリー
正解は オノ・ヨーコ の「ウィッシュ・ツリー」です。
07. ストリート・グラフィティ
- ジャン=ミシェル・バスキアの作品に頻出する三本角の王冠モチーフは、彼の初期グラフィティ活動と密接に関係している。1977年頃から1980年頃にかけて、彼が友人アル・ディアスと共にマンハッタンで展開した、王冠の記号と共に用いられた著名なタグ名はどれか。 → SAMO©
バスキアは高校時代の友人アル・ディアスと共に「SAMO©(Same Old Shit の略)」というタグ名で、警句的なテキストをマンハッタンのソーホーやイースト・ヴィレッジに残した。王冠の三本角はしばしばこのSAMO©期から登場し、後にキャンバス作品でも王/詩人/アスリートへの戴冠の象徴として反復された。TAKI 183やDONDI、SEENは同時代の別のグラフィティ・ライターである。 - 2018年10月、サザビーズ・ロンドンでバンクシーの作品が落札直後に額縁内のシュレッダーで部分的に裁断される事件が起きた。裁断された作品の原題と、その後に改題された新タイトルの組み合わせとして正しいものはどれか。 → 『Girl with Balloon』→『Love is in the Bin』
裁断されたのはステンシル作品『Girl with Balloon』(2006年のスクリーンプリント版を額装したキャンバス作品)で、事件後にPest Control Office によって『Love is in the Bin』として真正性が認証され、改題された。落札額は104万2000ポンドで、2021年の再オークションでは1858万ポンドに高騰した。シュレッダー装置は額縁内にあらかじめ仕込まれていた。 - キース・ヘリングが「ラディアント・ベイビー」を初めて描いた場所と時期に関する説明として、最も適切なものはどれか。 → 1980年頃、ニューヨーク地下鉄構内の使用されていない広告枠を覆う黒いマット紙の上にチョークで描いた
ヘリングは1980年頃からニューヨークの地下鉄構内で、広告が貼られていない黒い紙(空き広告枠を覆う紙)にチョークで「サブウェイ・ドローイング」を描き始め、ラディアント・ベイビー(光を放つ赤ん坊)はその代表的モチーフとして生まれた。これが彼の署名的イメージとなり、後のキャンバス作品やPop Shop商品にも展開された。トニー・シャフラジでの個展は1982年だが、モチーフ自体は地下鉄ドローイングが起源である。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → 無題(頭部)
正解は ジャン=ミシェル・バスキア の「無題(頭部)」(1981年)です。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → ラディアント・ベイビー
正解は キース・ヘリング の「ラディアント・ベイビー」です。
08. ダダ
- トリスタン・ツァラが1920年の『弱い愛と苦い愛についてのダダ宣言』に掲載した「ダダの詩を作るために (Pour faire un poème dadaïste)」で示した、偶然性に基づく詩作法として正しいものはどれか? → 新聞記事の各単語を切り抜いて袋に入れ、軽く振ったうえで一語ずつ取り出して順に書き写す
ツァラが提示した手順は、新聞記事を選び、各単語を切り取って袋に入れ、振った後に一語ずつ取り出して書き写すというものである。これはダダの「偶然 (hasard)」の原理を作詩に応用した代表例であり、後のシュルレアリスムの自動記述やバロウズのカットアップにも影響を与えた。なお自動記述はブルトンらシュルレアリスト固有の方法であり、ツァラの手続きとは区別される。 - ハンス(ジャン)・アルプが1916-17年頃に制作した《偶然の法則に従って配置された正方形のコラージュ》について、アルプ自身が後年に語った制作方法として最も適切なものはどれか? → 引き裂いた紙片を空中から落とし、台紙に落下した位置のまま糊で固定した
アルプは、引き裂いた紙片を上方から落として落ちた位置のまま固定する方法を語り、これを「偶然の法則」と呼んだ。チューリッヒ・ダダ期における意図性の排除と偶然性導入の象徴であり、MoMA所蔵の1917年作《Squares Arranged According to the Laws of Chance》が代表例として知られる。なお実際には完全な無作為ではなく、アルプの編集が介在したと指摘する研究もある。
09. デジタル・AI アート
- レフィク・アナドールが2018年にロサンゼルスのウォルト・ディズニー・コンサートホールの外壁に、フランク・ゲーリーの建築アーカイブと機械学習を用いて投影した大規模プロジェクション作品の題は何か。 → WDCH Dreams
『WDCH Dreams』は2018年にロサンゼルス・フィルハーモニックの100周年を記念して制作され、ゲーリー設計の建物に同フィルの45テラバイトに及ぶアーカイブをAIで解析した映像が投影された。『Machine Hallucinations』はニューヨーク等の都市データ、『Melting Memories』はEEG脳波データ、『Unsupervised』(2022)はMoMAのコレクションを用いた作品である。 - ミナ・ペナ・テオラ(Minne Atairu等とともに語られるAI生成アーティスト)とは別に、2023年にAI生成画像をめぐり世界的議論を呼んだ事例として、ボリス・エルダグセン(Boris Eldagsen)がSony World Photography Awardsで起こした行動として正しいものはどれか。 → AI生成画像で受賞し、受賞を辞退してAI画像であると公表した
2023年4月、ドイツの写真家ボリス・エルダグセンはSony World Photography Awards のCreative部門で受賞したが、応募作『Pseudomnesia: The Electrician』がAI生成画像であることを公表して受賞を辞退し、写真とAI画像の境界をめぐる議論を喚起した。これは生成AIアートの倫理と制度的位置づけを問う象徴的事件として広く参照される。
10. ニューメディア・ヴィデオアート
- ナム・ジュン・パイクが1963年にドイツのヴッパータールにあるパルナス画廊で開催した、ヴィデオアート史上画期的とされる個展のタイトルは次のうちどれか。 → Exposition of Music – Electronic Television
1963年3月にパルナス画廊で開催された『Exposition of Music – Electronic Television』は、改造したテレビ受像機13台を初めて美術作品として展示した個展であり、ヴィデオアートの起源とされる。『TV Garden』(1974)や『Global Groove』(1973)はそれ以降の代表作で、『Magnet TV』(1965)はニューヨーク時代の作品である。 - ビル・ヴィオラが2014年にロンドンのセント・ポール大聖堂に恒久設置した、高精細スロー映像による4枚組の宗教的ヴィデオ・インスタレーション作品の題は何か。 → Martyrs (Earth, Air, Fire, Water)
『Martyrs (Earth, Air, Fire, Water)』は4つの自然元素による殉教者を描いた4面プラズマディスプレイ作品で、2014年にセント・ポール大聖堂に恒久設置された。『The Greeting』(1995)はポントルモの『訪問』を典拠とした作品、『The Crossing』(1996)、『Going Forth By Day』(2002)も同様にスロー撮影を用いた代表作である。 - ローリー・アンダーソンが1983年にブルックリン音楽アカデミー(BAM)で初演し、その後映画化もされた、約8時間に及ぶマルチメディア・パフォーマンス作品の題は何か。 → United States I–IV
『United States I–IV』は1983年にBAMで全編が初演された約8時間のパフォーマンス大作で、彼女の初期キャリアの集大成とされる。『Home of the Brave』(1986)はコンサート映画、『Songs and Stories from Moby Dick』(1999)はメルヴィル原作の後年作、『Happiness』(2001)は9.11後のソロ作品である。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → エレクトロニック・スーパーハイウェイ
正解は ナム・ジュン・パイク の「エレクトロニック・スーパーハイウェイ」(1995年)です。
11. ネオダダ・ヌーヴォー・レアリスム
- ロバート・ラウシェンバーグが剥製の山羊にタイヤを通し、コラージュされた基台上に据えた代表的コンバイン《Monogram》の制作期間として正しいものはどれか。 → 1955–1959年
《Monogram》は1955年から1959年にかけて段階的に制作され、3つのステートを経て現在の形に至った。アンゴラ山羊の剥製の胴にタイヤを嵌め、絵具やコラージュで覆った水平の基台上に据えた作品で、現在はストックホルム近代美術館が所蔵する。ラウシェンバーグの「コンバイン」を象徴する作例である。 - ジャスパー・ジョーンズが1954–55年に制作した最初の《Flag》で用いられた主要な技法・素材として正しいものはどれか。 → 新聞紙コラージュの上に蜜蝋を溶いた顔料(エンカウスティック)で描いた
ジョーンズの最初の《Flag》(1954–55年)は、新聞紙の断片をコラージュした支持体の上に、エンカウスティック(蜜蝋を溶媒とする顔料)で描かれている。蝋が早く固まることで筆触が保存され、新聞紙の文字がうっすら透ける独特の表面となった。現在はニューヨーク近代美術館(MoMA)が所蔵する。 - イヴ・クラインが「International Klein Blue(IKB)」として化学者エドゥアール・アダムと共に開発・登録した青の特徴として正しいものはどれか。 → 群青(ウルトラマリン)顔料を、マットさと発色を保つ合成樹脂メディウム(ロドパス)で固定したものである
IKBは、群青(合成ウルトラマリン)顔料の鮮やかな粉末感を損なわない結合材として、Rhône-Poulenc社の合成樹脂Rhodopas M60Aを用いた点に独自性がある。クラインは1960年にこの配合をフランスでSoleau封筒に登録した(通常言われる「特許」は厳密には先願証明)。これにより顔料粒子が光を乱反射し、深い無重力的なマット感が得られた。
12. ポップアート
- アンディ・ウォーホルが1963年に最初に構えた「ファクトリー」(通称シルバー・ファクトリー)の所在地として正しいものはどれか。 → East 47th Street 231番地
最初のファクトリーは1963年からマンハッタンのEast 47th Street 231番地の5階に開設され、ビリー・ネイムによってアルミホイルと銀塗料で内装が施されたため「シルバー・ファクトリー」と呼ばれた。1968年にUnion Square West 33番地に移転し、同年そこでヴァレリー・ソラナスによる狙撃事件が起こった。 - ロイ・リキテンスタインが作品に多用した「ベンデイ・ドット(Ben-Day dots)」の名称の由来となった人物の職業として正しいものはどれか。 → 19世紀末アメリカの新聞印刷業者・イラストレーター
ベンデイ・ドットは1879年にアメリカのイラストレーター兼印刷業者ベンジャミン・ヘンリー・デイ・ジュニア(Benjamin Henry Day Jr., 1838-1916)が考案した網点印刷技法に由来する。安価な新聞・コミック印刷で中間調を表現する手法として普及し、リキテンスタインはこれを拡大して手描き(後にステンシル併用)で再現した。 - リチャード・ハミルトンの代表作《一体何が今日の家庭をこれほどまでに変え、魅力的にしているのか?》(1956)が初めて発表された、ロンドンのホワイトチャペル・ギャラリーで開催された伝説的展覧会の名称は何か。 → This is Tomorrow
《Just what is it that makes today's homes so different, so appealing?》は、1956年8月にホワイトチャペル・ギャラリーで開催された展覧会「This is Tomorrow」のためにハミルトン、ジョン・マクヘイル、ジョン・ヴォルカーが共同で制作したコラージュで、展覧会ポスターおよびカタログにも使用された。同展はインディペンデント・グループの活動の集大成で、英国ポップアートの起点とされる。 - クレス・オルデンバーグがコーシャ・ヴァン・ブリュッヘンとの共作で1976年にフィラデルフィアに恒久設置した、アメリカ独立200周年を記念する高さ約14メートルの巨大パブリック彫刻はどれか。 → Clothespin
《Clothespin(洗濯バサミ)》はフィラデルフィア市センター・スクエアに1976年設置されたコールテン鋼製の巨大彫刻で、建国200周年を記念して制作された。《Spoonbridge and Cherry》(1985-88)はミネアポリス、《Batcolumn》(1977)はシカゴ、《Free Stamp》(1985-91)はクリーブランドに設置されており、設置都市と年代の組み合わせは専門家試験で頻出。
13. ミニマリズム
- ドナルド・ジャッドが1965年に発表した、絵画でも彫刻でもない三次元作品を擁護する論考「Specific Objects(特殊な物体)」が初出掲載された媒体はどれか。 → Arts Yearbook 第8号
「Specific Objects」は1965年刊行の『Arts Yearbook』第8号に発表された。ジャッドはここで、ジャクソン・ポロックやフランク・ステラらを引き合いに、従来の絵画・彫刻のジャンルを越えた「三次元の作品」の優位性を論じた。Artforum誌や October 誌での発表とよく混同される。 - フランク・ステラのシェイプド・キャンバスへの展開を決定づけた、ノッチ(切り欠き)を持つアルミニウム塗料のストライプ絵画群「Aluminum Paintings」が初めてまとまった形で発表された個展はどれか。 → 1960年 レオ・キャステリ画廊 個展
ステラの「Aluminum Paintings」は1960年9月から10月にかけてレオ・キャステリ画廊で開かれた最初の個展で発表され、矩形の支持体から切り欠きを設けたシェイプド・キャンバスの先駆となった。1959年は MoMA「Sixteen Americans」展で Black Paintings が出品された年であり、混同しやすい。 - カール・アンドレが1966年に発表した、144枚の正方形の金属プレートを床に並べた代表的な床彫刻シリーズ「Equivalent」群が初めて発表された画廊はどこか。 → ドワン・ギャラリー(ニューヨーク)
「Equivalent I-VIII」は1966年春にニューヨークのティボー・ド・ナイ画廊ではなく、ドワン・ギャラリー(ニューヨーク支店)での個展で発表された。8組とも120個の耐火煉瓦(後年再制作版では別素材)を異なる矩形に並べたもので、後にテート・ギャラリー所蔵の「Equivalent VIII」が「煉瓦事件」として論争を呼んだ。
14. もの派
- 李禹煥の代表的シリーズ《関係項(Relatum)》に関する記述として、最も適切なものはどれか。 → 当初は《現象と知覚》という題で発表され、後に《関係項》と改題された
李禹煥は1968年以降、自然石と鉄板・ガラスなどを組み合わせた作品を《現象と知覚 Phenomena and Perception》の題で発表していたが、1972年頃から《関係項 Relatum》に改題し、その後の彫刻群の総称として用いている。Relatumはラテン語由来で「関係づけられた項」を意味するが、文法的には中性単数形であり、複数形は Relata である。鉄板は工業的でなく未加工に近く、石との対比的関係性が主題である。 - 関根伸夫《位相-大地》(1968) について正しい記述はどれか。 → 第1回現代日本彫刻展(神戸須磨離宮公園)で発表され、深さ2.7m・直径2.2mの円筒形の穴とその土による塔から成る
《位相-大地》は1968年第1回現代日本彫刻展(神戸・須磨離宮公園)で発表され、地面に直径約2.2m・深さ約2.7mの円筒形の穴を掘り、掘り出した土を同形の塔として隣に積み上げた作品である。小清水漸と吉田克朗が制作助手を務めたことで知られ、もの派誕生の契機とされる。会期終了後に解体・埋め戻された。「位相」は数学のトポロジーから着想を得ているが、岡本太郎の助言という事実はない。 - 菅木志雄の活動・作品に関する記述として正しいものはどれか。 → 多摩美術大学で斎藤義重に師事し、1968年に椿近代画廊で初個展《無限状況I》を開催した
菅木志雄は多摩美術大学絵画科で斎藤義重の指導を受け、李禹煥・小清水漸・吉田克朗らと共にもの派の中核を担った。1968年に椿近代画廊で開催した個展《無限状況I》は、室内に角材を組んで観者の歩行を制限したインスタレーションで、もの派的展開の先駆と位置づけられる。《空相》シリーズは木・石・金属・パラフィンなど多様な素材を用いる。1986年のヴェネツィア・ビエンナーレ日本館代表は若林奮であり、李との二人展ではない。
15. 具体美術協会
- 吉原治良が晩年(1960年代後半以降)に集中的に制作した「円」の作品について、正しい記述はどれか。 → 黒地に白い円、白地に黒い円など対比的な構成が多く、1972年の死の直前まで描き続けた
吉原治良は1960年代後半から死(1972年)まで、黒地に白い円、あるいは白地に黒・赤の円を描く一連の絵画を集中的に制作した。円周は必ずしも正円ではなく、滲みや筆勢、欠けを伴い、東洋的書性と西洋的抽象の交差点として評価される。吉原自身は禅の一円相との直接的同一視を慎重に避け「単なる円ではない」と語っており、『円について』という著書も存在しない。グタイピナコテカ開設は1962年だが「円」の初出展ではない。 - 白髪一雄の「フット・ペインティング」について正しい記述はどれか。 → 作品題名の多くは『水滸伝』百八星の好漢の名に由来し、1960年代以降特に顕著である
白髪一雄は1954年頃から天井のロープにつかまって床のキャンバス上で足を使い油絵具を押し広げる独自の制作手法を確立した。1960年に高野山で得度して以降、《天闇星》《地魁星》など『水滸伝』百八星(天罡36+地煞72)の星宿名を作品題に多用したことで知られる。フット・ペインティングは具体結成(1954年)とほぼ同時期で、村上三郎の紙破り(1955年第1回具体展)より先行する。「東洋のポロック」はタピエの命名ではない。 - 嶋本昭三が絵具を詰めた瓶をキャンバスに投げつける《瓶投げ》のパフォーマンスを最初に公衆の前で大々的に行った、1956年の具体美術協会の展覧会は次のうちどれか。 → 第2回具体美術展(小原会館、1956年)
嶋本昭三が大砲のような装置や手で絵具入りの瓶を石に叩きつけ飛散させる行為を披露したのは、1956年10月に東京・小原会館で開催された第2回具体美術展である。具体美術協会はリーダー吉原治良のもと、芦屋公園での野外展や舞台を使ったステージ展など、絵画の枠を超える「行為」を重視し、後年クレメント・グリーンバーグやミシェル・タピエに高く評価された。
16. 現代日本作家
- 村上隆が「スーパーフラット」概念を提唱した展覧会「SUPER FLAT」が最初に開催された会場と年として正しいものはどれか。 → パルコギャラリー(東京)、2000年
「SUPER FLAT」展は2000年4月に渋谷パルコギャラリーで開幕し、その後名古屋・水戸を巡回した後、2001年にロサンゼルスのMOCAパシフィック・デザイン・センターへ巡回した。村上は同展カタログ所収の論考で、浮世絵から戦後アニメ・マンガに至る日本美術の平面性と社会的階層の平坦化を結びつけ、後の「リトル・ボーイ」(2005、ジャパン・ソサエティ)へと続く三部作の第一部とした。 - 奈良美智の初期から続く「眼差し」の鋭い少女像について、彼自身が影響源として繰り返し言及してきた、ドイツ留学時代(デュッセルドルフ芸術アカデミー)に師事した作家は誰か。 → A.R.ペンク
奈良は1988年からデュッセルドルフ芸術アカデミーに学び、A.R.ペンクのクラスに在籍した。新表現主義的な記号性と素朴な描線の影響は、後の睨むような眼を持つ少女像の造形言語に繋がっている。ボイスは既に1986年に没しており、リヒターやポルケに師事した事実はない。 - 杉本博司の代表作シリーズ《Seascapes(海景)》が開始された年と、最初に撮影された海として正しい組み合わせはどれか。 → 1980年/カリブ海(ジャマイカ)
《Seascapes》は1980年、カリブ海(ジャマイカ沖)で撮影が始まったとされ、以後世界各地の海を水平線で画面を二分する構図で撮り続けている。大判カメラと長時間露光により、空気と水という「最も古い風景」を抽出する試みであり、杉本の代表的長期プロジェクトの一つである。 - 宮島達男のLEDデジタルカウンター作品における数字の表示について、本人が一貫して掲げる三つのコンセプトの組み合わせとして正しいものはどれか。 → 「変化し続ける」「あらゆるものと関係を結ぶ」「永遠に続く」
宮島が公言してきた三つのコンセプトは「Keep Changing(変化し続ける)」「Connect with Everything(あらゆるものと関係を結ぶ)」「Continue Forever(永遠に続く)」である。1から9までを数え、0を表示しない仕様は仏教的な生死観に基づき、「0=死」を可視化しないことで生の連続性を示すものとされる。 - 塩田千春が日本館代表として「The Key in the Hand(掌の鍵)」を発表した第56回ヴェネチア・ビエンナーレ(2015年)で、空間に張り巡らされた赤い糸に絡められたのは何であったか。 → 世界中から集められた約5万本の古い鍵
2015年第56回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館で塩田千春は、世界中の人々から寄贈を募った約5万本の鍵を赤い糸で吊るし、その下に古い木造の小舟を配する大規模インスタレーションを展開した。コミッショナーは中野仁詞で、記憶や繋がりを糸と鍵によって可視化する代表作となった。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → 少女
正解は 奈良美智 の「少女」です。
17. 市場・オークション
- プライマリーマーケットとセカンダリーマーケットの構造的差異と、現代アート市場における実務的論点について、最も適切な説明はどれか。 → プライマリーは作家から初めて市場に出される一次流通で、価格はギャラリーと作家の合意に基づき相対的に統制されるのに対し、セカンダリーは再販市場であり、オークションの落札価格などを通じて公開的に価格形成される。フリッピング(短期転売)はプライマリー側の価格統制を毀損するため、ギャラリーが転売制限条項などで対応する例がある
プライマリーは作家のスタジオやその専属ギャラリーを通じた一次流通で、価格は作家・ギャラリーが交渉により設定し、コレクター選定を通じて相対的に統制される。セカンダリーは再販市場で、オークションでの公開競売により価格が顕在化する。新進作家作品の短期フリッピングはプライマリーの価格秩序を乱すため、ギャラリーは購入契約に転売制限や買戻し優先権(right of first refusal)を盛り込むことがある。なおEUおよび英国では追及権(droit de suite)により、セカンダリー取引で作家に一定の還元が制度化されている。
18. 新表現主義・YBA
- ダミアン・ハーストの代表作で、ホルマリン漬けのイタチザメを用いた『The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living』(1991年)の制作を委嘱したコレクターと、最初に展示された展覧会の組み合わせとして正しいものはどれか。 → チャールズ・サーチ/1992年「Young British Artists I」(サーチ・ギャラリー)
この作品はチャールズ・サーチが約5万ポンドでハーストに制作委嘱したもので、1992年のサーチ・ギャラリーにおける「Young British Artists I」展で初公開され、YBAムーヴメントの象徴的作品となった。2004年にスティーヴ・コーエンが約800万ドルで購入し、ホルマリン漬けのサメが劣化していたため後に新しい個体に交換された経緯がある。点(スポット・ペインティング)とは別系統の「ナチュラル・ヒストリー」シリーズに属する。 - トレイシー・エミンの『My Bed』(1998年)に関する記述として正しいものはどれか。 → 1999年のターナー賞にノミネートされたが受賞は逃し、2000年にチャールズ・サーチが約15万ポンドで購入した
『My Bed』は1999年のターナー賞にノミネートされ(受賞はスティーヴ・マックィーン)、賛否両論を巻き起こした。2000年にチャールズ・サーチが約15万ポンドで購入し、2014年にクリスティーズで約254万ポンドで落札された後、現所有者からテートに長期貸与されている。なお『Everyone I Have Ever Slept With 1963–1995』(テント作品)は別作品で、1995年制作・サーチ倉庫火災で焼失した。 - ブルース・ナウマンが1967年に制作したネオン作品『The True Artist Helps the World by Revealing Mystic Truths』(別名:Window or Wall Sign)の制作背景に関する説明として最も適切なものはどれか。 → スタジオ近所のビール醸造所の窓に掲げられていたネオン看板を見て、芸術家の役割について自問する形で制作した
ナウマンはサンフランシスコのスタジオ近くにあった元ビール醸造所のネオン看板にヒントを得て、青と赤のスパイラル状ネオン管に「真の芸術家は神秘的真実を明かすことで世界を助ける」という言葉を配したこの作品を制作した。これはアーティストの社会的役割への懐疑とアイロニーを込めた言語芸術の代表作で、彼の言語/ネオン作品群の出発点となった。コスースの作品(1965年)とは独立した文脈で生まれている。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → マイ・ベッド
正解は トレイシー・エミン の「マイ・ベッド」(1998年)です。
19. 戦後日本前衛
- 岡本太郎が1947年頃から提唱した「対極主義」について、最も的確に説明しているものはどれか。 → 合理と非合理、抽象と具象など相反する要素を一つの画面に激しく対立させたまま共存させる理論
「対極主義」は岡本太郎が1947年に夜の会の議論などを通じて打ち出した造形理論で、抽象と具象、合理と非合理といった相反する要素を妥協なく一つの画面に衝突させることを主張した。代表作《重工業》(1949)や《森の掟》(1950)はその実践例とされる。縄文論(1952年「縄文土器論」)は対極主義の延長線上にあるが、対極主義そのものとは区別される。 - 草間彌生が1960年代ニューヨークで展開した、無数の水玉や網目模様に身体や家具までを覆い尽くす一連の作品群を指す、本人による呼称はどれか。 → Self-Obliteration
草間は自身の幻覚体験に由来する水玉=ポルカドットによって、人体や環境を覆い尽くし自我を消し去る行為を「Self-Obliteration(自己消滅)」と名付けた。1967年の同名の映画はベルギーの第4回国際短編実験映画祭で銀賞を受賞している。Accumulationは突起物で覆う立体作品の系列、Infinity Mirror Roomは鏡張りのインスタレーションの呼称で、概念は重なるが別系列である。 - 横尾忠則の名を国際的に決定づけた、1968年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された展覧会はどれか。 → Tadanori Yokoo
1968年、MoMAは横尾忠則の個展「Tadanori Yokoo」を開催し、当時31歳の彼は同館で個展を開いた最初期の日本人グラフィックデザイナーとなった。担当はMimi Catsで、寺山修司主宰の天井桟敷や状況劇場のポスターなどが紹介された。これにより横尾はサイケデリック・ムーヴメントの旗手の一人として国際的評価を確立した。
20. 抽象表現主義
- ジャクソン・ポロックがドリッピング技法に到達する一因として、1936年にニューヨークで参加し、液体絵具の流動性や事故的効果を実験したワークショップを主宰したメキシコ人画家は誰か? → ダビッド・アルファロ・シケイロス
ポロックは1936年、ニューヨーク14丁目のシケイロス主宰「実験ワークショップ (Experimental Workshop)」に参加し、工業用塗料の滴下や噴霧、偶発的効果の活用を経験した。これはトマス・ハート・ベントンの伝統的指導と並ぶポロック前期の重要な経験であり、1947年以降のオールオーヴァーなドリップ絵画への布石とされる。 - マーク・ロスコがシーグラム・ビル内のレストラン「フォー・シーズンズ」のために制作した一連の壁画(通称シーグラム・ミューラル)について、史実として正しい記述はどれか? → 1958年に依頼を受けたが、ロスコは制作後に契約を撤回し報酬を返却、主要なセットは後にテート・ギャラリーに寄贈された
ロスコは1958年にフィリップ・ジョンソン設計のシーグラム・ビル内レストランの壁画制作を引き受けたが、空間の性格との不調和を理由に1959年に依頼を撤回し報酬を返却した。主要な9点はテート・ギャラリー(現テート)に寄贈され、ロスコが自殺した1970年2月25日にロンドンに到着したことでも知られる。他のセットは川村記念美術館や米国国立美術館などに分蔵されている。 - ウィレム・デ・クーニングが《Woman I》(1950-52, 現MoMA蔵)を含む「ウーマン」シリーズを初めて本格的に発表した1953年3月の個展が開催された画廊はどれか? → シドニー・ジャニス画廊
デ・クーニングは1948年にチャールズ・イーガン画廊で初個展を開いた後、1953年3月にシドニー・ジャニス画廊で「ウーマン」シリーズを発表し大きな論争を呼んだ。具象への回帰と見なされたこの展示は、純粋抽象を擁護したクレメント・グリーンバーグから批判される一方、ハロルド・ローゼンバーグ的な「アクション・ペインティング」観の文脈で再評価された。レオ・キャステリ画廊の開廊は1957年であり時期的に該当しない。 - バーネット・ニューマンが1950-51年に制作し、縦約2.4メートル×横約5.4メートルという巨大なスケールで赤一色の画面に5本の「ジップ(zip)」を配した代表作のタイトルは何か。 → Vir Heroicus Sublimis
《Vir Heroicus Sublimis(英雄的にして崇高な人間)》は1950-51年制作、ニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵。垂直の細い帯「ジップ」によって画面を分割しつつ統合し、鑑賞者が近距離で対峙することで崇高(sublime)を体感させる作品として知られる。《Onement I》(1948)はジップ概念の出発点となった小品。
21. 彫刻・立体
- 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → 歩く男 II
正解は アルベルト・ジャコメッティ の「歩く男 II」(1960年)です。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → 空間における連続性の唯一の形態
正解は ウンベルト・ボッチョーニ の「空間における連続性の唯一の形態」(1913年(ブロンズ鋳造))です。
22. 批評・理論
- ジャン・ボードリヤールが『シミュラークルとシミュレーション』(1981)で提示した「シミュラークルの三つの秩序(段階)」の区分として正しいものはどれか。 → 模造(copie)/生産(production)/シミュレーション(simulation)
ボードリヤールはシミュラークルの歴史的秩序を三段階に区分した。すなわち、ルネサンスから産業革命までの自然法則に基づく「模造(contrefaçon/copie)」、産業時代の「生産(production)」、そして現代のコードに基づく「シミュレーション(simulation)」である。第三段階においてはオリジナルなき記号が自己増殖し、ハイパーリアルが現実を凌駕すると論じた。 - シャルル・ボードレールが「現代生活の画家」(1863、コンスタンタン・ギース論)で定式化した「モデルニテ(modernité)」の定義として最も適切なものはどれか。 → 「半分は移ろいやすきもの、束の間のもの、偶然なるもの、残り半分は永遠なるもの、不変なるもの」である
ボードレールは「現代生活の画家」において、モデルニテを「移ろいやすきもの、束の間のもの、偶然なるもの(le transitoire, le fugitif, le contingent)」と「永遠なるもの、不変なるもの(l'éternel et l'immuable)」という二つの半分から成るものと定義した。現代の画家の使命は、群衆と都市の儚い現象のなかから永遠なるものを抽出することにあるとされ、この定義は後のモダニズム美術論の出発点となった。