現代アート検定 初級 教科書
01. キュビスム
- 1907年にパブロ・ピカソが制作し、キュビスムの出発点とされる、5人の女性像を描いた作品はどれか。 → アヴィニョンの娘たち
『アヴィニョンの娘たち』(1907年)は、女性の身体を幾何学的に分解して描いた革新的な作品で、キュビスムの誕生を告げる記念碑的作品とされます。アフリカ彫刻やイベリア彫刻の影響を受け、伝統的な遠近法を破壊しました。 - 20世紀初頭にピカソとともにキュビスムを生み出し、共同で研究を進めたフランスの画家は誰か。 → ジョルジュ・ブラック
ジョルジュ・ブラックはピカソと協力してキュビスムを発展させた画家です。二人は1908年頃から密接に交流し、互いの作品が見分けがつかないほど近い様式で制作した時期もありました。ブラックは後にパピエ・コレ(貼り紙絵)も生み出しました。 - キュビスムの発展段階のうち、対象を細かく分解し、茶色や灰色などの抑えた色彩で多視点から描いた初期の段階を何と呼ぶか。 → 分析的キュビスム
分析的キュビスム(1909年頃-1912年頃)は、対象を幾何学的な面に分解して多視点から再構成する段階で、色彩は茶や灰など抑えた色調が用いられました。その後、新聞紙などを貼り付けるコラージュ技法を取り入れた総合的キュビスムへと展開していきます。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → キュビスム
この作品は パブロ・ピカソ による「アヴィニョンの娘たち」で、キュビスム に分類されます。
02. シュルレアリスム
- 溶けて垂れ下がる時計を描いたシュルレアリスムの代表作「記憶の固執」を制作したスペインの画家は誰ですか? → サルバドール・ダリ
サルバドール・ダリ(1904-1989)はスペイン出身のシュルレアリスムを代表する画家で、1931年に「記憶の固執」を制作しました。柔らかく溶けた時計が荒涼とした風景に置かれるこの作品は、時間の相対性や夢の世界を象徴するイメージとして広く知られています。ダリは精緻な写実技法と非現実的なモチーフを組み合わせる独自の「偏執狂的批判的方法」を提唱しました。 - ルネ・マグリットの代表作《イメージの裏切り》には、パイプの絵の下にフランス語である一文が書かれています。その意味として正しいものはどれですか。 → これはパイプではない
マグリットはパイプを描いた絵の下に「Ceci n'est pas une pipe(これはパイプではない)」と記しました。描かれているのはパイプそのものではなく、あくまでパイプの「イメージ(像)」にすぎないという、言葉とイメージの関係を問いかける作品です。マグリットは日常的なモチーフと言葉を組み合わせ、見る者に既成概念を疑わせる絵画を多く残しました。 - マックス・エルンストが考案した、木の板など凹凸のある面に紙を当て、鉛筆などで擦って模様を写し取る技法は何と呼ばれますか。 → フロッタージュ
フロッタージュ(frottage)はフランス語で「擦ること」を意味し、エルンストが1925年頃に考案したシュルレアリスムの代表的技法です。床板の木目を擦って写し取った体験から着想を得たとされ、偶然生まれる形象から想像力を引き出す手法として用いられました。代表作に版画集『博物誌』があります。 - 1924年に『シュルレアリスム宣言』を発表し、この芸術運動の中心人物となったフランスの詩人は誰ですか。 → アンドレ・ブルトン
アンドレ・ブルトンは1924年に『シュルレアリスム宣言』を発表し、理性の支配を離れた夢や無意識の表現を芸術の核とする運動を理論的に主導しました。彼はフロイトの精神分析に影響を受け、自動記述(オートマティスム)を重要な方法として位置づけました。シュルレアリスムの「法王」とも呼ばれる存在です。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → シュルレアリスム
この作品は マックス・エルンスト による「セレベスの象」で、シュルレアリスム に分類されます。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → シュルレアリスム
この作品は サルバドール・ダリ による「記憶の固執」で、シュルレアリスム に分類されます。
03. ダダ
- 1917年にマルセル・デュシャンが「R.Mutt」のサインを入れて発表し、美術の概念を大きく揺さぶった既製品(レディメイド)作品《泉》の正体は何ですか。 → 男性用小便器
《泉(Fountain)》は男性用小便器に署名を施して横倒しにし、芸術作品として展示しようとした作品です。デュシャンは既製品をそのまま芸術として提示する「レディメイド」という概念を打ち出し、「何が芸術か」を作家が選び決定するという考え方を示しました。これは後の現代美術に決定的な影響を与えました。 - 1916年にチューリッヒのキャバレー・ヴォルテールを拠点として始まったダダの中心人物で、『ダダ宣言』を発表したルーマニア出身の詩人は誰ですか。 → トリスタン・ツァラ
トリスタン・ツァラは第一次世界大戦中の中立国スイス・チューリッヒで、キャバレー・ヴォルテールに集まった芸術家たちとともにダダ運動を始めました。1918年に『ダダ宣言』を発表し、既存の価値観や合理主義を否定する反芸術的な姿勢を打ち出しました。後にパリに渡り、シュルレアリスムにも影響を与えました。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → ダダ
この作品は ジャン・アルプ による「彫刻(バーゼル)」で、ダダ に分類されます。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → ダダ
この作品は マルセル・デュシャン による「泉」で、ダダ に分類されます。
04. ネオダダ・ヌーヴォー・レアリスム
- 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → ネオダダ・ヌーヴォー・レアリスム
この作品は イヴ・クライン による「インターナショナル・クライン・ブルー(IKB 191)」で、ネオダダ・ヌーヴォー・レアリスム に分類されます。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → ネオダダ・ヌーヴォー・レアリスム
この作品は ロバート・ラウシェンバーグ による「モノグラム」で、ネオダダ・ヌーヴォー・レアリスム に分類されます。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → ネオダダ・ヌーヴォー・レアリスム
この作品は ジャスパー・ジョーンズ による「旗」で、ネオダダ・ヌーヴォー・レアリスム に分類されます。
05. フォーヴィスム
- フォーヴィスム(野獣派)の代表的画家であり、鮮やかな色彩による作品「ダンス」や「赤い部屋(赤のハーモニー)」で知られるフランスの画家は誰ですか? → アンリ・マティス
アンリ・マティス(1869-1954)はフォーヴィスムの中心的画家で、見たままの色彩ではなく、感情や装飾性を重視した大胆な色面構成で知られます。「ダンス」や「赤い部屋」は彼の代表作で、平面的な構成と強烈な原色の対比が特徴です。晩年には切り紙絵(カット・アウト)の技法でも有名になりました。 - 「フォーヴィスム(Fauvisme)」という名称の由来として正しいものはどれですか? → 1905年のサロン・ドートンヌでの展示を見た批評家が「野獣(fauve)のようだ」と評したことから
1905年のサロン・ドートンヌで、マティスやドランらの強烈な色彩の作品が展示された会場の中央にあったルネサンス風の彫刻を見て、批評家ルイ・ヴォークセルが「野獣(フォーヴ)の中のドナテッロのようだ」と評したことが名称の由来です。アンドレ・ドランはマティスと共にこの運動の中心人物で、「コリウールの港」などの作品で知られます。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → フォーヴィスム
この作品は アンリ・マティス による「帽子の女(Femme au chapeau)」で、フォーヴィスム に分類されます。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → フォーヴィスム
この作品は アンドレ・ドラン による「チャリング・クロス橋(Charing Cross Bridge)」で、フォーヴィスム に分類されます。
06. ポップアート
- 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → ポップアート
この作品は クレース・オルデンバーグ による「スプーンブリッジとチェリー」で、ポップアート に分類されます。
07. 印象派・後期印象派
- クロード・モネが同じ建物を一日の異なる時間帯や季節ごとに繰り返し描いた連作で知られるのは、次のうちどれか。 → ルーアン大聖堂
モネは1890年代に「ルーアン大聖堂」の連作を制作し、同じ建物を異なる光や時間帯のもとで描き分けました。これは光の移ろいを捉えようとする印象派の代表的試みであり、モネは「積みわら」や「睡蓮」など連作で時間と光を主題化したことで知られています。 - フィンセント・ファン・ゴッホの絵画に見られる、絵具を厚く盛り上げて力強い筆致を残す技法を何と呼ぶか。 → インパスト(厚塗り)
ゴッホは絵具を厚く盛り上げて塗る「インパスト(厚塗り)」と呼ばれる技法を多用し、うねるような筆触と鮮烈な色彩で感情を表現しました。「ひまわり」や「星月夜」などにその特徴がよく表れています。スフマートはレオナルドが用いたぼかし技法です。 - ポール・セザンヌが自然の形を「円筒・球・円錐」で捉えるべきと述べ、繰り返し描いた南フランスの山はどれか。 → サント・ヴィクトワール山
セザンヌは故郷エクス・アン・プロヴァンスに聳える「サント・ヴィクトワール山」を生涯にわたって繰り返し描きました。自然を幾何学的な形態に還元する彼の姿勢は、のちのキュビスムなど20世紀美術に大きな影響を与えました。 - ポール・ゴーギャンが文明社会を離れ、原始的な生活や色彩を求めて滞在し、多くの作品を制作した南太平洋の島はどこか。 → タヒチ
ゴーギャンは1891年以降フランス領ポリネシアの「タヒチ」に渡り、現地の人々や風景を平面的で鮮やかな色彩により描きました。代表作「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」もタヒチ滞在中に制作されました。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → 印象派・後期印象派
この作品は ポール・セザンヌ による「サント・ヴィクトワール山」で、印象派・後期印象派 に分類されます。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → 印象派・後期印象派
この作品は フィンセント・ファン・ゴッホ による「星月夜」で、印象派・後期印象派 に分類されます。
08. 技法・素材
- アクリル絵具の特徴として最も適切なものはどれか。 → 水で溶くことができ、乾燥後は耐水性になる合成樹脂の絵具である
アクリル絵具はアクリル樹脂エマルションを展色剤とする絵具で、水で薄めて使用できる一方、乾燥後は耐水性のフィルムを形成する。20世紀半ばに実用化され、速乾性と扱いやすさから現代美術で広く用いられる。卵黄を用いるのはテンペラ、乾性油を用いるのは油彩である。
09. 象徴主義・世紀末
- 金箔をふんだんに用いた装飾的画面で知られる、グスタフ・クリムトの代表作はどれか。 → 接吻
クリムトの代表作「接吻」(1907-08年頃)は、金箔と細密な装飾文様を多用した、いわゆる「黄金様式」を代表する作品です。彼はウィーン分離派の中心人物であり、世紀末ウィーンの象徴主義的な美意識を体現しました。 - ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクの代表作で、頬に手を当てて口を開けた人物がうねるような風景の中に描かれている作品はどれか。 → 叫び
『叫び』(1893年)はムンクの代表作で、フィヨルドを背景に不安におびえる人物が描かれています。近代人の孤独や不安を象徴する作品として、象徴主義・表現主義の先駆けとされています。複数のバージョンが制作されていることでも知られます。 - フランスの彫刻家オーギュスト・ロダンの代表作で、台座の上で頬杖をついて思索する裸体の男性を表した彫刻はどれか。 → 考える人
『考える人』はロダンの代表作で、もともとは大作『地獄の門』の一部として構想されました。後に独立した彫刻としても制作され、近代彫刻の象徴的存在となっています。ロダンは「近代彫刻の父」と呼ばれます。
10. 抽象表現主義
- 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → 抽象表現主義
この作品は ウィレム・デ・クーニング による「女 I」で、抽象表現主義 に分類されます。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → 抽象表現主義
この作品は ジャクソン・ポロック による「秋のリズム(ナンバー30)」で、抽象表現主義 に分類されます。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → 抽象表現主義
この作品は バーネット・ニューマン による「ヴィル・ヘロイクス・スブリミス」で、抽象表現主義 に分類されます。
11. 美術館・コレクション
- ニューヨーク近代美術館(MoMA)が所在する都市はどこですか? → ニューヨーク
MoMA(The Museum of Modern Art)は1929年に創設された近代美術専門の美術館で、ニューヨーク市マンハッタンのミッドタウン(West 53rd Street)に所在します。ゴッホの《星月夜》やピカソの《アヴィニョンの娘たち》など、近現代美術の重要なコレクションを所蔵していることで知られています。
12. 表現主義
- ドイツ表現主義の画家エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーについての説明として正しいものはどれですか? → 表現主義グループ「ブリュッケ(橋)」の中心的画家である
キルヒナー(1880-1938)は1905年にドレスデンで結成されたドイツ表現主義の画家集団「ブリュッケ(橋)」の中心人物です。鋭く尖った線と強烈な色彩で都市生活の不安や人間の内面を描き、「ベルリンの街頭」などの作品で知られます。同じく表現主義の画家オスカー・ココシュカはオーストリア出身で、心理描写に優れた肖像画を多く残しました。 - ドイツ表現主義の代表的なグループ「青騎士(Der Blaue Reiter)」の中心人物として知られる画家は誰ですか? → ワシリー・カンディンスキー
「青騎士」は1911年にミュンヘンでカンディンスキーとフランツ・マルクらによって結成された表現主義の芸術家グループです。グループ名はカンディンスキーとマルクが共に好んだ「青」と「騎士・馬」のモチーフに由来します。「ブリュッケ」がドレスデン・ベルリンを拠点に都市的・社会的なテーマを扱ったのに対し、「青騎士」はミュンヘンを拠点に精神性や抽象表現を追求しました。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → 表現主義
この作品は フランツ・マルク(青騎士グループ) による「大きな青い馬たち(Die großen blauen Pferde)」で、表現主義 に分類されます。 - 下に示した作品が属する芸術運動・潮流として最も適切なものはどれか。 → 表現主義
この作品は エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー による「街路、ベルリン(Straße, Berlin)」で、表現主義 に分類されます。