現代アート検定 上級 教科書
01. ART-A-041
- トルコ出身のメディア・アーティスト、レフィク・アナドール(Refik Anadol)が2018年にウォルト・ディズニー・コンサートホールの外壁に投影した、ロサンゼルス・フィルハーモニックの100周年を記念する大規模プロジェクションマッピング作品の名称はどれか。 → WDCH Dreams
『WDCH Dreams』は、アナドールがロサンゼルス・フィルハーモニックのデジタル・アーカイブ約45テラバイトを機械学習で処理し、フランク・ゲーリー設計のホール外壁に投影した作品である。アナドールはデータを「顔料」とみなし、機械学習による潜在空間の可視化を建築規模で展開する手法で知られる。
02. アースワーク・ランドアート
- ロバート・スミッソンの《Spiral Jetty》(1970年)が築かれた場所として正しいものはどれか。 → ユタ州のグレートソルトレイク北東岸(ロゼル岬)
《Spiral Jetty》はユタ州グレートソルトレイク北東岸のロゼル・ポイント(Rozel Point)に、玄武岩・土・塩の結晶を用いて全長約460mの螺旋として築かれた。スミッソンは湖の赤色化(好塩菌による)と先史的景観に惹かれて選地し、エントロピーや「サイト/ノンサイト」概念と結びつけた。完成後は塩湖の水位変動により水没と再出現を繰り返している。 - クリストとジャンヌ=クロードによるベルリンの《包まれたライヒスターク(Wrapped Reichstag)》が実現した年として正しいものはどれか。 → 1995年
《Wrapped Reichstag》は1971年に構想されて以来、東西冷戦やドイツ連邦議会の承認手続きを経て、1995年6月にようやく実現した。約10万平方メートルの銀色のポリプロピレン布と青いロープで議事堂全体を包み、14日間公開された。冷戦終結後の統一ドイツを象徴する歴史的プロジェクトとして位置づけられている。 - ウォルター・デ・マリアの《The Lightning Field》(1977年)に関する記述として正しいものはどれか。 → 以上すべて正しい
《The Lightning Field》はニューメキシコ州クェマド近郊の高地砂漠に、ステンレス鋼ポール400本を1マイル×1キロメートルの矩形に格子状(220フィート間隔)で配置した作品で、ディア芸術財団が管理・運営している。ポールの長さは地形に応じて変えられ、先端は同一の水平面を形成するよう精密に計算されている。落雷は作品の必須条件ではなく、光と地形の経験を含めた長時間の鑑賞(宿泊を伴う)が前提とされている。
03. アルテ・ポーヴェラ
- ヤニス・クネリスが1969年にローマのガレリア・ラッタリコで発表し、画廊空間に12頭の生きた馬を繋いで展示した作品は、アルテ・ポーヴェラにおける「活物素材」の使用を象徴するものとして知られる。この作品のタイトルとして正しいものはどれか。 → Senza titolo (12 cavalli)
正解は『Senza titolo (12 cavalli)』(無題、12頭の馬)。クネリスは画廊という制度的空間に生きた動物を持ち込むことで、絵画的タブローを生の現実へと開き、自然と文化の境界を問い直した。この作品はジェルマーノ・チェランが提唱したアルテ・ポーヴェラの「貧しい素材」概念を最も先鋭的に拡張した例として批評史に位置付けられている。 - マリオ・メルツが1968年以降繰り返し制作した「イグルー」シリーズについて、その造形と思想に関する記述として最も適切なものはどれか。 → 球面ドームに金属管の骨組みを用い、ガラス・粘土・蝋・小枝などを被覆させ、しばしばネオン管によるフィボナッチ数列を伴った
正解はA。メルツのイグルーは半球状の金属フレームに泥、ガラス、蝋、枝、布などの異種素材を継ぎ合わせる遊牧的構造で、定住に対する「住まうこと」の原初形態を提示した。彼は1970年前後からフィボナッチ数列をネオン管で表記し、自然の成長法則と人間の生の連続性を可視化した点が重要視される。 - 1968年に33歳で早世したピーノ・パスカリの代表的なシリーズ作品として、青く染めた水を浅い金属容器に張り、海や川を室内に再現したことで知られる連作はどれか。 → 32 metri quadrati di mare circa
正解は『32 metri quadrati di mare circa』(およそ32平方メートルの海、1967年)。メチレンブルーで着色した水を浅い箱型容器に張り、自然(海)を計量可能な単位として室内に持ち込む発想で注目された。パスカリは『Bachi da setola』『Cannoni』など玩具的ながら批評性を帯びた擬似自然・擬似兵器の連作で知られ、1968年のオートバイ事故で夭逝した。
04. インスタレーション・没入型
- ジェームズ・タレルが1970年代後半からアリゾナ州の死火山を用いて制作を続けている、肉眼で見る天空現象を主題とした大規模な「天文台」プロジェクトの名称は何か。 → Roden Crater
《Roden Crater(ローデン・クレーター)》はタレルが1977年頃から取り組んでいる長期プロジェクトで、アリゾナ州ペインテッド砂漠の死火山を改造し、内部に複数の観測室を設けて太陽光・月光・星光などの自然光を体験させる作品である。彼の「ガンツフェルト」や「スカイスペース」とともに、光そのものを物質として扱う代表的実践として知られる。 - オラファー・エリアソンが2003年にロンドンのテート・モダン、タービンホールで発表し、巨大な人工太陽と霧によって室内に「天候」を出現させたインスタレーション作品の名称は何か。 → The Weather Project
《The Weather Project》(2003)はテート・モダンのUnileverシリーズの一環として発表され、半円形のモノクロームランプと天井の鏡、加湿器による霧を組み合わせて、巨大な太陽が沈むかのような空間を出現させた。約200万人が訪れたとされ、自然現象と知覚、集団的体験を主題とするエリアソンの代表作となった。 - 下に示した作品を制作した作家は、次のうち誰か。 → アニッシュ・カプーア
この作品は アニッシュ・カプーア による「クラウド・ゲート」(2006年)です。インスタレーション を代表する作例のひとつとして知られます。
05. キュビスム
- 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → ヴァイオリンと燭台
正解は ジョルジュ・ブラック の「ヴァイオリンと燭台」(1910年)です。
06. コンセプチュアル
- ジョセフ・コスースの《One and Three Chairs》(1965) は、実物の椅子、その写真、そして「椅子」の辞書的定義の拡大複写の三要素から構成される。この作品がしばしば参照する言語哲学的・記号論的議論として最も適切なものはどれか。 → 対象・像・概念の関係を提示し、芸術作品の本質を物質ではなくアイデアに置こうとする
コスースは論文「Art after Philosophy」(1969) で、芸術を物質的対象ではなく「アイデアのアイデア(idea of an idea)」として再定義し、分析哲学(特に後期ウィトゲンシュタイン)を参照した。《One and Three Chairs》は対象・像(指示対象の図像)・概念(言語的定義)というトートロジー的三項関係を提示することで、芸術作品の本質が物理的形態ではなく意味の構造にあることを示す、コンセプチュアル・アートの古典的事例である。 - ローレンス・ワイナーが1968年に発表した「Declaration of Intent(意図の宣言)」において提示された、作品の成立条件として正しいものはどれか。 → 作品は制作されてもよいし、制作されなくてもよい(受け手に委ねられる)
ワイナーの「Declaration of Intent」は、(1)作家が制作してもよい、(2)他者が制作してもよい、(3)制作されなくてもよい、という三項から成り、いずれも等価であると宣言した。これにより作品の本質は物質ではなく言語的命題そのものに置かれ、壁テキストという形式の理論的根拠となった。コンセプチュアル・アートにおける脱物質化(デマテリアライゼーション)を象徴する綱領である。 - オノ・ヨーコが1964年に自費出版したインストラクション作品集のタイトルとして正しいものはどれか。 → Grapefruit
『Grapefruit』(1964年、東京のWunternaum Pressより自費出版)は、絵画・音楽・舞踊などに関する短い指示文(インストラクション)を集めた書物で、フルクサスの実践と並走しつつ独自の概念芸術を提示した。観者の想像力や行為によって作品が完成するという構造は、後のコンセプチュアル・アートに大きな影響を与えた。『Acorn』(2013年)は後年の続編的著作、『Cut Piece』『Half-A-Wind』は別作品である。 - 下に示した作品を制作した作家は、次のうち誰か。 → オノ・ヨーコ
この作品は オノ・ヨーコ による「ウィッシュ・ツリー」です。コンセプチュアル を代表する作例のひとつとして知られます。
07. シュルレアリスム
- サルバドール・ダリの代表作《記憶の固執》(1931, MoMA所蔵)に描かれた溶ける時計について、ダリ自身や研究者が指摘する制作上の発想源として最も妥当なものはどれか。 → 夕食の席で溶けたカマンベール・チーズを見たことが直接の着想となったとダリが自伝で語っている
ダリは自伝『わが秘められた生涯』などで、夕食後に残された溶けかかったカマンベール・チーズを眺めていたことが《記憶の固執》の柔らかい時計の発想源だったと繰り返し述べている。相対性理論との関連はしばしば後付けで論じられるが、ダリ自身はチーズの逸話を強調した。なお《ゲルニカ》は1937年制作で、時系列的にも誤りである。 - ルネ・マグリットが1929年にシュルレアリスム機関誌『La Révolution surréaliste』第12号に発表し、後にミシェル・フーコーが同名の著作で論じたテクスト=画像作品の題名はどれか。 → 「言葉とイメージ(Les mots et les images)」
マグリットが1929年に『La Révolution surréaliste』誌第12号に寄稿したのは、線描とキャプションで言語と図像の恣意的関係を18の図解で示した「Les mots et les images(言葉とイメージ)」である。一方「これはパイプではない」は絵画《イメージの裏切り》(1929)の画中文言であり、フーコーは1968年の論文(後に書籍化)で両者を関連づけて論じた。設問が指すのはマグリット自身の理論的テクストの方である。 - マックス・エルンストが考案した技法「フロッタージュ(frottage)」について、最も正確な説明はどれか。 → 凹凸のある物体に紙を当て、鉛筆や黒鉛などでこすって表面の質感を写し取る技法で、1925年頃に発見され版画集『博物誌(Histoire naturelle)』(1926)に結実した
フロッタージュは、木目や葉脈など凹凸のある対象に紙を当て、鉛筆等でこすってその質感を転写する技法。エルンストは1925年8月、宿屋の床板の木目を凝視したことから着想し、自動記述的な視覚的喚起を得る方法として体系化、その成果を版画集『博物誌』(1926)に結実させた。選択肢1はデカルコマニー、3はレイヨグラフ/フォトグラム、4はコラージュ・ロマンに該当する。 - アンドレ・ブルトンが『シュルレアリスム宣言(Manifeste du surréalisme)』(1924)で提示したシュルレアリスムの定義として、最も正確なものはどれか。 → 「絶対的現実、すなわち超現実への信仰に基づき、夢と現実という相反する二つの状態が将来融合されることへの確信」と関連づけられた「純粋な心的自動現象(automatisme psychique pur)」
ブルトンは『シュルレアリスム宣言』(1924)で、シュルレアリスムを「純粋な心的自動現象(automatisme psychique pur)」と定義し、理性の統制や美学的・道徳的配慮を離れて思考の現実の働きを表現することを目指した。さらに「絶対的現実=超現実(surréalité)」への信頼と、夢と現実の融合への確信を基礎に据えた。政治と芸術の関係は1929年の『第二宣言』以降に強められるもので、初発の定義そのものではない。
08. ストリート・グラフィティ
- 下に示した作品を制作した作家は、次のうち誰か。 → キース・ヘリング
この作品は キース・ヘリング による「ラディアント・ベイビー」です。ストリート を代表する作例のひとつとして知られます。
09. ダダ
- マルセル・デュシャンが1917年にニューヨークのアンデパンダン展に「R. Mutt」の署名で出品しようとした《泉(Fountain)》について、正しい記述はどれか。 → 原作は展示を拒否され失われたが、後年デュシャン自身の監修によりレプリカが制作された
《泉》は独立芸術家協会展に出品されたものの、運営委員会(デュシャン自身も委員)によって事実上展示を拒否され、原作は失われた。現存する作品はすべて1950年代以降にデュシャンの監修のもと制作されたレプリカである。スティーグリッツによる写真は雑誌『The Blind Man』第2号に掲載され、形状を伝える重要な記録となっている。 - トリスタン・ツァラが1920年頃に提唱した「帽子から切り抜いた新聞の単語を取り出して詩を作る」方法について、最も適切な記述はどれか。 → ツァラの『弱い愛と苦い愛についてのダダ宣言』(1920)に記述され、偶然性と作者性の解体を志向した
ツァラは1920年の『弱い愛と苦い愛についてのダダ宣言』のなかで、新聞記事の単語を切り抜き袋から無作為に取り出して並べる「ダダ詩の作り方」を提示した。これは偶然性(hasard)を媒介として作者の意図や統辞を解体しようとする試みであり、後のシュルレアリスム自動記述に影響を与えたが、無意識を重視する自動記述とは原理が異なる。 - ジャン(ハンス)・アルプが1916〜17年頃に制作した《偶然の法則によって配置されたコラージュ》に関する説明として最も適切なものはどれか。 → 破り取った紙片を落下させ、落ちた位置に貼り付けることで偶然性を制作原理に取り込んだ
アルプはチューリッヒ・ダダの時期、紙片を空中から落下させ、偶然落ちた位置に貼り付けるという方法でコラージュを制作した。これは作者の意図的構成を排し「偶然の法則(loi du hasard)」を作品の生成原理とする試みであり、自然の有機的秩序と偶然を結びつけるアルプ独自の思想を体現する。後のシュルレアリスムやジョン・ケージらの偶然性の美学にも影響を与えた。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → 泉
正解は マルセル・デュシャン の「泉」(1917年)です。
10. デジタル・AI アート
- 下に示した作品を制作した作家は、次のうち誰か。 → Obvious(コレクティブ)
この作品は Obvious(コレクティブ) による「エドモン・ド・ベラミー」(2018年)です。デジタル を代表する作例のひとつとして知られます。
11. ネオダダ・ヌーヴォー・レアリスム
- ロバート・ラウシェンバーグの代表的「コンバイン」作品《Monogram》(1955-59)について、正しい記述はどれか。 → アンゴラ山羊の剥製の胴に古タイヤを通し、絵具を施した水平のプラットフォーム上に配置している
正解はA。《Monogram》はアンゴラ山羊の剥製の胴に自動車タイヤを巻き、絵具とコラージュを施した水平キャンバスの上に立たせた立体作品で、絵画と彫刻、芸術と日常物の境界を解体する「コンバイン」概念を象徴する。現在はストックホルム近代美術館の所蔵で、戦後アメリカ美術における脱抽象表現主義の重要作とされる。 - ジャスパー・ジョーンズの《Flag》(1954-55)に関する記述として最も適切なものはどれか。 → 新聞紙のコラージュの上に蜜蝋と顔料を混ぜた encaustic(エンカウスティック)技法で星条旗を描いている
正解はA。《Flag》は新聞紙コラージュの上に蜜蝋を熱で溶かして顔料を定着させるエンカウスティック技法で描かれており、表層の物質感と「描かれた旗/旗そのもの」という記号論的曖昧さが両立している点が批評上重要視される。レオ・スタインバーグやグリーンバーグらが論じたように、抽象表現主義以後の「対象としての絵画」を準備した作品としてMoMAに収蔵されている。 - イヴ・クラインが1960年に特許登録した「インターナショナル・クライン・ブルー(IKB)」の特徴として最も適切なものはどれか。 → 群青(ウルトラマリン)顔料を合成樹脂メディウム(ロドパスM)に分散させ、顔料本来の発色を保持したもの
IKBは群青(ウルトラマリン)顔料を、エドゥアール・アダンと共同開発した合成樹脂メディウム(ロドパスM)に分散させることで、通常のバインダーでは失われがちな顔料の鮮やかさとマットな質感を保持した点が特徴である。クラインはこの配合を1960年にフランスで「ソレイユ封印」として技術登録した。彼にとって青は非物質的な感性=ヴォイドを喚起する色であり、モノクローム絵画の中心をなした。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → モノグラム
正解は ロバート・ラウシェンバーグ の「モノグラム」(1955–1959年)です。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → 旗
正解は ジャスパー・ジョーンズ の「旗」(1954–1955年)です。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → インターナショナル・クライン・ブルー(IKB 191)
正解は イヴ・クライン の「インターナショナル・クライン・ブルー(IKB 191)」(1962年)です。
12. ビエンナーレ・国際展
- ドイツ・カッセルで5年に一度開催される「ドクメンタ」に関する次の記述のうち、正しいものはどれか。 → 1955年に画家・教育者のアーノルト・ボーデの主導で第1回が開催された
ドクメンタは1955年、画家・教育者のアーノルト・ボーデの提唱によりカッセルで第1回が開催され、ナチス政権下で「退廃芸術」とされたモダンアートを戦後ドイツに再導入する役割を担った。選択肢3・4はいずれも史実だが(2017年はシムジックがアテネと並行開催、2022年はルアンルパが監督)、選択肢4は開催回が誤りで第15回は2022年であり正しく対応している一方、最も基本的かつ確実な事実は第1回の創設に関する記述である。
13. ポップアート
- アンディ・ウォーホルが1960年代に運営したスタジオ「ファクトリー」について、最も適切な説明はどれか。 → シルクスクリーン技法による大量生産を中心に据え、助手やスーパースターたちが集う場として作家性と工業生産の境界を問題化した
ウォーホルのファクトリー(初期は1963年からマンハッタンの旧帽子工場に開設)は、シルクスクリーンによる作品制作を助手たちと分業で行い、作家性・オリジナリティ・手仕事といった近代的価値を脱構築した。エディ・セジウィックらの「スーパースター」が集まる社交・撮影の場でもあり、ジェラルド・マランガら助手による作品制作の関与は後に真作問題としても議論された。 - ロイ・リキテンスタインの絵画に特徴的な「ベン・デイ・ドット(Ben-Day dots)」について、最も適切な説明はどれか。 → 19世紀の印刷技師ベンジャミン・デイに由来する商業印刷の網点技法で、リキテンスタインはこれをステンシルや穴開き金属板を用いて手作業で再現し、機械的イメージを絵画化した
ベン・デイ・ドットは1879年にベンジャミン・デイ・ジュニアが考案した、新聞やコミックの安価な多色刷りに用いられた網点技法である。リキテンスタインは1960年代初頭からこれを穴の開いたアルミ板(ステンシル)越しに絵具を塗布する方法などで手作業で再現し、複製文化のイメージを絵画というハイカルチャーの形式へ「翻訳」して見せた。 - リチャード・ハミルトンのコラージュ《一体何が今日の家庭をこれほどまでに変え、魅力的にしているのか?》(1956年)について、最も適切な説明はどれか。 → 1956年にホワイトチャペル・ギャラリーで開かれた「This is Tomorrow」展のために制作され、インディペンデント・グループによるイギリス・ポップアートの初期を代表する作品として知られる
このコラージュは1956年にロンドンのホワイトチャペル・ギャラリーで開催された「This is Tomorrow」展のカタログおよびポスター用に制作され、インディペンデント・グループ(IG)を中心とするイギリス・ポップアートの先駆的作品とされる。ハミルトンは翌1957年の手紙で「ポップアート」の特徴を「大衆向け・一過性・消費可能・安価・大量生産・若者向け・機知に富む・セクシー・ギミック満載・グラマラス・ビッグビジネス」と定義したことでも知られる。 - クレス・オルデンバーグが妻クーシュ・ファン・ブリュッヘンと共同で1976年にフィラデルフィアに設置した、巨大な洗濯ばさみをモチーフにしたパブリック・アートの作品名は何か。 → Clothespin
《Clothespin》(1976) は、フィラデルフィア市庁舎前のセンター・スクエアに設置された高さ約14メートルの鉄製彫刻で、日用品を巨大化することで都市空間に異化効果をもたらすオルデンバーグの代表的なパブリック・アートである。《Spoonbridge and Cherry》(1988) はミネアポリス、《Batcolumn》(1977) はシカゴ、《Lipstick》(1969) はイェール大学に設置された別作品である。
14. ミニマリズム
- ドナルド・ジャッドが1965年の論文「Specific Objects(特殊な物体)」で提示した中心的な主張として最も適切なものはどれか。 → 絵画と彫刻の限界を超えた、三次元の作品は新しいジャンルとして従来のイリュージョンや構成的関係を排除すべきである
ジャッドは「Specific Objects」(Arts Yearbook 8, 1965) において、絵画でも彫刻でもない三次元の新しい作品形式を提唱し、ヨーロッパ的なリレーショナル・コンポジション(部分の構成的関係)やイリュージョニズムを否定した。作品は全体として一つの形を提示する「一つのもの(one thing)」であるべきとされ、これがミニマリズムの理論的支柱となった。 - フランク・ステラが1960年前後の「ブラック・ペインティング」やアルミニウム・シリーズで採用した制作上の原理を端的に表した発言として知られるものはどれか。 → What you see is what you see.
「What you see is what you see.」は1964年のブルース・グレイサーによるラジオ・インタビュー(ドナルド・ジャッドも同席)で発せられたステラの発言で、絵画におけるイリュージョンや象徴的意味を排し、画面上に見えるもの以上の何かを読み取らないというミニマリズム的立場を象徴する言葉である。シェイプド・キャンバスは、内部のストライプの構造が外形を決定する「deductive structure(演繹的構造)」の理念と結びついている。 - 1972年にロンドンのテート・ギャラリーが購入し、1976年にプレス報道をきっかけに大論争(通称「Bricks affair」)を引き起こしたカール・アンドレの床作品はどれか。 → Equivalent VIII
《Equivalent VIII》(1966) は耐火煉瓦120個を2層に床に並べた作品で、テートによる収蔵が1976年にデイリー・ミラー紙などで「税金で煉瓦を買った」と批判され、現代美術の意義を巡る大論争となった。アンドレは台座を否定し、彫刻を床に水平に展開する「場としての彫刻(sculpture as place)」を提唱した点で、ミニマリズムにおける彫刻概念の刷新を担った。
15. もの派
- 李禹煥の代表的シリーズ「関係項(Relatum)」の制作態度として最も適切なものはどれか。 → 石・鉄板・ガラスなど未加工に近い「もの」を場に配置し、もの同士および周囲の空間との関係を提示する
「関係項」は李禹煥が1968年以降展開した立体作品群で、石、鉄板、ガラスといった既存の「もの」をほぼ加工せずに並置し、もの・場・身体の間に生じる関係性そのものを作品として現前させる。彼は著作『出会いを求めて』などで、作ることよりも「あるがまま」を出会わせることを重視する思想を展開し、もの派の理論的中心となった。 - 1968年の第1回神戸須磨離宮公園現代彫刻展で発表され、もの派の発端とされる関根伸夫の《位相-大地》の内容として正しいものはどれか。 → 地面に直径2.2m、深さ2.7mの円筒形の穴を掘り、掘り出した土を同寸の円筒形に隣接して盛り上げた作品
《位相-大地》は1968年、須磨離宮公園の現代彫刻展で発表され、地面に円筒形の穴を掘り、その土を隣に同寸の円柱として積み上げた作品である。「掘った穴」と「積み上げた塊」が等量の物質として対をなす構造が、ものと場の位相的関係を示し、もの派誕生の契機とされる。指導教官であった斎藤義重の影響下、小清水漸らの協力で実現した。 - 菅木志雄の制作姿勢を説明したものとして最も適切なものはどれか。 → 木材・石・金属・ロープなどを切ったり束ねたり立てかけたりして、ものと空間の「在りよう」自体を提示する
菅木志雄はもの派の中心作家のひとりで、木・石・金属・ロープといった素材を最小限の操作(切る、立てかける、束ねる、置くなど)で組み合わせ、もの同士および空間との関係や「在りよう(状態)」そのものを提示する作品を展開してきた。著作や発言を通じて「もの」を物質としてではなく「在る」事態として捉える独自の理論を展開している点も特徴である。 - 下に示した作品を制作した作家は、次のうち誰か。 → 李禹煥
この作品は 李禹煥 による「関係項」です。もの派 を代表する作例のひとつとして知られます。
16. 印象派・後期印象派
- 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → 我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか
正解は ポール・ゴーギャン の「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」(1897–1898年)です。
17. 技法・素材
- 「アサンブラージュ(assemblage)」という語を美術用語として用いたとされる人物として、最も広く知られているのは誰か。 → ジャン・デュビュッフェ
アサンブラージュという語は、ジャン・デュビュッフェが1953年頃に自作の立体的な貼り合わせ作品を指して用いたとされ、その後1961年のニューヨーク近代美術館の展覧会「The Art of Assemblage」によって広く定着した。立体的にオブジェを集積させる手法を指し、平面的な貼り合わせであるコラージュと区別される。シュヴィッタースの「メルツ」もアサンブラージュ的実践として位置づけられるが、用語自体の使用はデュビュッフェに帰される。
18. 具体美術協会
- 具体美術協会のリーダー吉原治良が晩年(1960年代後半以降)に集中的に描いた「円」の連作についての説明として最も適切なものはどれか。 → 黒や白などの単色地に一筆で描かれた円形を主題とし、禅的瞑想性とフォーマリズムが交錯する到達点とされる
吉原治良は1950年代より具体美術協会を率い、「人の真似をするな、今までにないものを作れ」をモットーとした。1960年代後半以降は、黒や白の地に一筆で描いた円のシリーズに集中し、禅的な瞑想性と西洋的フォーマリズムが交錯する独自の境地に至った。これらは彼の絵画的探求の到達点とされ、1972年の没後も国際的に高く評価されている。 - 白髪一雄が天井から吊るしたロープにつかまり、足で絵具を描きつける独自の制作方法を確立したのは1950年代半ばだが、この身体的絵画行為と関連して西洋で比較対象として論じられることが多い動向はどれか。 → アンフォルメル/アクション・ペインティング
白髪の足による絵画制作は、ミシェル・タピエが1957年に来日し具体を「世界的なアンフォルメル」として紹介して以降、ジャクソン・ポロック等のアクション・ペインティングと比較されて国際的評価を得た。身体性とジェスチャー、絵具の物質性を重視する点で両者は親近性を持つが、白髪自身は禅や水滸伝など東洋的主題を作品名に用いている。 - 嶋本昭三が1956年の第2回具体美術展などで行った、絵具を詰めたガラス瓶をキャンバスに投げつける制作行為について、最も適切な説明はどれか。 → 偶然性と破壊行為を通じて、絵筆を介さず物質と身体が直接出会う「行為としての絵画」を追求した
嶋本の「瓶投げ」は、絵筆や絵画の慣習を拒否し、物質(絵具・ガラス)と身体行為の衝突そのものを作品化する試みで、吉原治良の「他人のまねをするな」「これまでにないものを作れ」という具体の理念に応えるものであった。後のフルクサスやハプニングの先駆ともみなされるが、嶋本自身の行為は基本的に作家本人によるパフォーマンスとして行われた。
19. 現代日本作家
- 下に示した作品を制作した作家は、次のうち誰か。 → 奈良美智
この作品は 奈良美智 による「少女」です。現代日本作家 を代表する作例のひとつとして知られます。 - 下に示した作品を制作した作家は、次のうち誰か。 → 村上隆
この作品は 村上隆 による「コスモス・ボール」(2000年)です。現代日本作家 を代表する作例のひとつとして知られます。 - 下に示した作品を制作した作家は、次のうち誰か。 → 宮島達男
この作品は 宮島達男 による「C.T.C.S. トリコロール No.8(LEDカウンター)」(2010年)です。現代日本作家 を代表する作例のひとつとして知られます。
20. 市場・オークション
- 国際アートフェア「アートバーゼル」に関する記述として、最も適切なものはどれか。 → 1970年にスイス・バーゼルのギャラリストらによって創設され、後にマイアミビーチ(2002年)、香港(2013年)、パリ(2022年)に拡大した
アートバーゼルはギャラリストのエルンスト・バイエラー、トゥルーディ・ブルックナー、バルツ・ヒルトらにより1970年にスイス・バーゼルで創設された。2002年にマイアミビーチ版、2013年に香港版(ART HKを買収)、2022年にはパリ・プラス(現Art Basel Paris)を開始し、世界最大級の現代アートフェア・ブランドへと成長した。MCHグループが運営している。
21. 象徴主義・世紀末
- 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → 叫び
正解は エドヴァルド・ムンク の「叫び」(1893年)です。
22. 新表現主義・YBA
- 下に示した作品を制作した作家は、次のうち誰か。 → トレイシー・エミン
この作品は トレイシー・エミン による「マイ・ベッド」(1998年)です。新表現主義 を代表する作例のひとつとして知られます。
23. 戦後日本前衛
- 岡本太郎が1947年頃に提唱した「対極主義(たいきょくしゅぎ)」の核心として最も適切なものはどれか。 → 合理と非合理、抽象と具象など相反する要素を妥協なく激しく対立・共存させること
対極主義は岡本がパリ滞在中の体験と帰国後の活動から打ち出した理論で、抽象と具象、理性と情念といった対立項を統合・調和させるのではなく、矛盾したまま激しくぶつけ合うことに芸術の生命を見出した。代表作《重工業》(1949)や後年の《太陽の塔》(1970)もこの理念の延長線上に位置づけられる。 - 草間彌生の作品における水玉(ポルカドット)と網目(ネット)モチーフ、および「無限の反復」について、最も適切な説明はどれか。 → 幼少期から経験している幻視・幻聴と自己消滅(セルフ・オブリタレーション)の感覚に基づく
草間は自伝などで、少女時代から花や水玉が増殖して自己を覆い尽くす幻視に苦しめられたと語っており、水玉と網目の反復は「自己消滅(self-obliteration)」という強迫的体験を作品化したものとされる。1960年代ニューヨークでは《Infinity Net》シリーズやハプニングを展開し、ミニマリズムや反復芸術の系譜と接点を持ちつつも、出発点はあくまで個人的・心身的経験にある。 - 横尾忠則が1960年代に発表したポスター作品(状況劇場、天井桟敷など演劇関連)の図像的特徴として最も適切なものはどれか。 → 浮世絵・大衆図像・日章旗などのキッチュな引用と鮮烈な色彩によるコラージュ的画面
横尾は1960年代、唐十郎の状況劇場や寺山修司の天井桟敷などアングラ演劇のポスターで頭角を現し、浮世絵・戦前の引札・日の丸・大衆的アイコンなどを大胆に引用するコラージュ的手法と原色を多用して、当時の機能主義的グラフィックデザインの主流に対抗した。1968年にはニューヨーク近代美術館の「Word and Image」展に出品され国際的に注目された。 - 下に示した作品を制作した作家は、次のうち誰か。 → 岡本太郎
この作品は 岡本太郎 による「太陽の塔」(1970年)です。戦後日本前衛 を代表する作例のひとつとして知られます。
24. 抽象表現主義
- ジャクソン・ポロックのドリップ・ペインティング(ポーリング)について、批評家クレメント・グリーンバーグやハロルド・ローゼンバーグの議論を踏まえた記述として最も適切なものはどれか。 → グリーンバーグは平面性とオールオーヴァーな構成を、ローゼンバーグは絵画を「行為の場」とみなす議論を展開した
グリーンバーグはモダニズム絵画の自律性・平面性の観点からポロックを評価し、画面全体に均質な強度が広がる「オールオーヴァー」な構成を絵画の平面性達成として論じた。一方ローゼンバーグは1952年の論文「アメリカのアクション・ペインターたち」でキャンバスを「行為の場(arena)」と捉え、制作行為そのものを作品と同一視した。両者の解釈の対比は抽象表現主義批評の基軸となっている。 - マーク・ロスコの成熟期の「色面(カラー・フィールド)」絵画について、技法および理念の点で最も適切な記述はどれか。 → 薄く溶いた絵具を何層も重ねて滲ませ、矩形のかたちが浮遊するような効果を生み、悲劇性や崇高さといった人間の根源的感情の表現を志向した
ロスコは溶剤で薄めた絵具を何層も塗り重ねる手法によって、輪郭の柔らかい矩形が背景から浮遊するような視覚効果を作り出した。彼自身は「カラー・フィールド」や純粋な抽象として論じられることを嫌い、自作は悲劇・忘我・運命といった人間の根源的感情を扱う「ドラマ」だと述べた。1958年のプラット・インスティテュート講演やヒューストンのロスコ・チャペル(1971)はこの宗教的・崇高志向を端的に示す。 - ウィレム・デ・クーニングが1950年から1953年にかけて制作した《女》連作について、最も適切な説明はどれか。 → 具象的な女性像への回帰として、抽象表現主義内部で論争を呼び、純粋抽象を擁護する立場から批判を受けた
デ・クーニングの《女Ⅰ》(1950-52、MoMA蔵)をはじめとする《女》連作は、抽象表現主義の最盛期に具象的な女性像を激しい筆致で描いたため、純粋抽象を擁護したクレメント・グリーンバーグらフォーマリスト批評家から後退と見なされた。デ・クーニング自身は抽象と具象を二項対立的に捉えず、両者を往還する姿勢を貫いた点が重要である。 - バーネット・ニューマンの絵画における「ジップ(zip)」について、最も適切な説明はどれか。 → 広大な色面を垂直に横切る帯状の線で、空間を分割すると同時に統一し、鑑賞者に崇高(サブライム)の経験を喚起する装置として機能する
「ジップ」はニューマンが1948年の《Onement I》以降確立した垂直の帯で、単に画面を分割するのではなく、両側の色面を統合しつつ鑑賞者の身体的・精神的経験を喚起する。ニューマンは1948年のエッセイ「崇高は今ここに(The Sublime is Now)」で、ヨーロッパ的な美に代わりアメリカ的崇高を追求すると宣言しており、ジップはその実践的装置と位置づけられる。 - 下に示した作品の題名は、次のうちどれか。 → No. 61(錆と青)
正解は マーク・ロスコ の「No. 61(錆と青)」(1953年)です。
25. 彫刻・立体
- ウンベルト・ボッチョーニが1913年に制作したブロンズ彫刻《空間における連続性の唯一の形態》に関する記述として最も適切なものはどれか。 → 歩行する人体の運動と空間との相互浸透を、炎のような流動的フォルムで表現している
《空間における連続性の唯一の形態(Forme uniche della continuità nello spazio)》は1913年に制作された未来派を代表する彫刻で、歩行する人体が周囲の空間と相互に貫入しながら運動するさまを、流動的で炎のようなフォルムによって表現している。ボッチョーニは1912年の『未来派彫刻技術宣言』で物体と環境の連続性を唱えており、本作はその理論の結実とされる。現在イタリアの20セント・ユーロ硬貨の意匠にも採用されている。 - ヘンリー・ムーアが繰り返し主題とした《横たわる像(Reclining Figure)》シリーズの造形的特徴と影響源に関する記述として、最も適切なものはどれか。 → 人体に貫通する空洞(穴)を導入し、メキシコのチャクモール像などからの示唆を受けて風景と一体化する量塊を追求した
ムーアの《横たわる像》シリーズは1920年代末から晩年まで継続された中心主題で、人体に「穴(piercing)」を導入することで内部と外部、彫刻と空間の関係を再構築した点に特徴がある。1925年頃にロンドンの大英博物館などで目にしたメソアメリカのチャクモール像から大きな示唆を受けたことはムーア自身が述べており、有機的なフォルムと風景との一体化はイギリス的なランドスケープ感覚とも結びついている。古代ギリシャ的理想美やロダン的自然主義からはむしろ距離を取っていた。
26. 批評・理論
- クレメント・グリーンバーグが1960年の論文「モダニズムの絵画」において、モダニズム絵画の本質的特性として最も強調したものはどれか。 → 絵画支持体の平面性(flatness)
グリーンバーグは「モダニズムの絵画」(1960)において、各芸術ジャンルがそれぞれの媒体に固有な特性を純化していく自己批判的過程をモダニズムと定義した。絵画においては、彫刻や演劇と共有しえない「平面性」こそが固有の条件であり、モダニズム絵画はこの二次元性を強調してきたと論じた。これがフォーマリズム批評の核心的主張である。 - ヴァルター・ベンヤミンが論文「複製技術時代の芸術作品」(1936)で用いた「アウラ(Aura)」概念に関する記述として最も適切なものはどれか。 → 「いかに近くにあろうとも、ある遠さの一回的な現れ」と定義し、複製技術によって凋落すると論じた
ベンヤミンはアウラを「いかに近くにあろうとも、ある遠さの一回的な現れ(einmalige Erscheinung einer Ferne, so nah sie sein mag)」と定義し、作品の一回性・真正性・「いま・ここ」性に結びついた概念とした。写真や映画など複製技術の登場によりこのアウラは「凋落(Verfall)」し、芸術の機能は礼拝価値から展示価値へと重心を移すと論じている。
27. 美術館・コレクション
- 2003年に六本木ヒルズ森タワーの最上階に開館した森美術館の、初代館長を務めた人物は誰か。 → デイヴィッド・エリオット
森美術館は2003年10月に六本木ヒルズ森タワー53階に開館し、初代館長にはオックスフォード近代美術館長や東京都現代美術館の立ち上げにも関わったイギリス出身のキュレーター、デイヴィッド・エリオット(David Elliott)が就任しました。その後、副館長から館長となった南條史生を経て、現在は片岡真実が館長を務めています。 - ニューヨークのホイットニー美術館が、マディソン街のマルセル・ブロイヤー設計の旧館からミートパッキング地区の新館へ移転・開館したのは何年で、新館を設計した建築家は誰か。 → 2015年/レンゾ・ピアノ
ホイットニー美術館(Whitney Museum of American Art)は、1966年からマルセル・ブロイヤー設計のマディソン街945番地の建物を本拠としていましたが、2015年5月にハイラインの南端に位置するミートパッキング地区へ移転・新装開館しました。新館の設計はイタリアの建築家レンゾ・ピアノが手がけ、ハドソン川を望むテラスを備えた現代美術館として知られています。
28. 表現主義
- ドレスデンで1905年に結成された「ブリュッケ(Die Brücke)」と、1911年にミュンヘンで形成された「青騎士(Der Blaue Reiter)」の比較として最も適切なものはどれか。 → ブリュッケはキルヒナー、ヘッケル、シュミット=ロットルフらによる共同生活的なグループで木版画を多用し、青騎士はカンディンスキーとマルクを中心に精神性と色彩理論を重視した緩やかな連合体だった
ブリュッケはキルヒナー、ヘッケル、シュミット=ロットルフ、ブライルらが結成した結社的・共同制作的グループで、ゴーギャンや非西洋美術に影響を受け力強い木版画を多く残した。一方、青騎士はカンディンスキー、マルク、マッケらを中心とする緩やかな連合で、年鑑『青騎士(Der Blaue Reiter Almanach, 1912)』を編んで精神性・音楽的色彩・抽象への道を模索した。両者は表現主義の二大潮流だが、組織形態も理論的志向も異なる。